ありのまま 自分らしく生きる勇気

ありのまま 自分らしく生きる勇気

last updateLast Updated : 2025-06-29
By:  桜 こころ🌸Completed
Language: Japanese
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井上楓は苦しい毎日の中で一人孤独に耐え、誰に頼ることも信じることもなく希望を捨て生きていた。 そんなとき藤原要と出会い、彼女の心は少しずつ変化していく。 拒絶しても突き放しても要は離れなかった。 それどころか、要は楓を支え、希望と勇気を与え続けるのだった。 そんな中、楓は徐々に自分の心と向き合い、変わっていこうとする。 自分の弱さを真正面から見つめ、逃げ出したい気持ちと向き合い、変わっていく。 それが大切なことなのだと彼女は教えてくれる。 要の優しさと強さ、楓の母、亜澄の心の弱さと痛み。 それらを受け止め、少しずつ変わっていく楓。 ※多少虐待のシーンがあります

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Chapter 1

第1話 君

 いつも気になってた――

 君の瞳の奥にはとても深い闇があって。

 誰も届かない闇の中、一人膝を抱え震え。息もせず、声を殺しながら泣いている、君がいる……。

 なのに、君はいつも笑うんだ。

 苦しみを隠すために。

 儚く今にも消えてしまいそうな君は笑うんだ。

 何が君をそんな風にしてしまったのか、本当の君はどんな人なのか、すごく気になった。

 いつのまにか目で追うことが多くなって、気づくといつも君を探してた。

 君が無理に笑うのを目にする度、心の底から笑うところを見たい。

 そう願ってしまう、強く願ってしまったんだ。 

 寂しく微笑む君は、何もかもあきらめてしまったような悲しい目をする。

 なぜ? 何が君をそうさせている?

 もっと君を知りたい……。

 廊下では、生徒たちが他愛もない話に花を咲かせている。話声や笑い声、廊下にはたくさんの音が交差していた。

 とても平穏な学校の風景。

 春の暖かな日差しが差し込み、窓から爽やかな風が吹き込むと、窓際で佇んでいた藤原(ふじわら)要(かなめ)の髪が風になびいた。

 その様子を偶然通りかかった女生徒がうっとりとした目で見つめる。

 要は世間でいうイケメンだった。

 長身でスタイルもよく、人が羨むような整った綺麗な顔をしている。勉強もスポーツも人並以上にできたし、性格も悪くなく、校内ではかなりの人気者の地位を確立していた。

 本人はそんなことにはまったく興味はなく、要が今、興味を持っているのはただ一つ――。

 要は爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくり吐き出す。

「よしっ」

 気合を入れると、ある場所へ向かうため歩き出した。

 要は目的の場所で足を止める。

 教室の入口から中の様子を伺うため、そっと覗き込んだ。

 放課後ということもあり、教室にはほとんど生徒は残っていないようだ。

 女生徒が数人ほどしかいなかった。

 要はその女生徒たちに注目する。

 どうやら、数人で一人を囲んでいるようだ。中心にいる女生徒は、下向き加減でそこにいた。

 井上(いのうえ)楓(かえで)は、いつも下ばかり向いている。

 自信無さげで大人しくて、いかにもいじめの標的にされそうなタイプだった。

「ね、お願い。井上さん、掃除当番代わって?

 私たち今日大切な用事があるんだ。井上さんは暇でしょ?」

 いかにもギャルっぽい感じの女生徒が、お願いのポーズをしている。

 しかし威圧感がすごい、あれではただの脅しにしか見えない。

「えっ……」

 楓は猫に追い込まれたネズミのごとく、戸惑い後ずさった。

「ね、お願ーい。いいよねっ」

 ギャルのリーダー的存在の一人が、念を押すように最後の一押しの言葉を強めに言い放つ。

 すると、楓はおずおずと小さく首を縦に振った。

「ありがとうーっ! 井上さん、優しいっ。じゃ、よろしくねっ」

 楓の肩をポンと叩くと、ギャルは嬉しそうに跳ねた。

 そして彼女たちは騒がしくお喋りしながら、あっという間にいなくなった。

 一人になった楓は一度小さくため息をついたあと、何事もなかったように掃除を始める。

 その後ろ姿に、要の胸がきつく締め付けられる。

 痛くて切なくて、彼女を今すぐ優しく抱きしめたくなる衝動を収めるため、胸の辺りをギュッと握りしめる。

 大きく深呼吸してから、要は一歩踏み出した。

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第1話 君
 いつも気になってた―― 君の瞳の奥にはとても深い闇があって。  誰も届かない闇の中、一人膝を抱え震え。息もせず、声を殺しながら泣いている、君がいる……。 なのに、君はいつも笑うんだ。  苦しみを隠すために。 儚く今にも消えてしまいそうな君は笑うんだ。 何が君をそんな風にしてしまったのか、本当の君はどんな人なのか、すごく気になった。  いつのまにか目で追うことが多くなって、気づくといつも君を探してた。 君が無理に笑うのを目にする度、心の底から笑うところを見たい。  そう願ってしまう、強く願ってしまったんだ。  寂しく微笑む君は、何もかもあきらめてしまったような悲しい目をする。 なぜ? 何が君をそうさせている? もっと君を知りたい……。 廊下では、生徒たちが他愛もない話に花を咲かせている。話声や笑い声、廊下にはたくさんの音が交差していた。 とても平穏な学校の風景。 春の暖かな日差しが差し込み、窓から爽やかな風が吹き込むと、窓際で佇んでいた藤原(ふじわら)要(かなめ)の髪が風になびいた。 その様子を偶然通りかかった女生徒がうっとりとした目で見つめる。 要は世間でいうイケメンだった。 長身でスタイルもよく、人が羨むような整った綺麗な顔をしている。勉強もスポーツも人並以上にできたし、性格も悪くなく、校内ではかなりの人気者の地位を確立していた。 本人はそんなことにはまったく興味はなく、要が今、興味を持っているのはただ一つ――。 要は爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくり吐き出す。「よしっ」 気合を入れると、ある場所へ向かうため歩き出した。 要は目的の場所で足を止める。  教室の入口から中の様子を伺うため、そっと覗き込んだ。 放課後ということもあり、教室にはほとんど生徒は残っていないようだ。 女生徒が数人ほどしかいなかった。 要はその女生徒たちに注目する。  どうやら、数人で一人を囲んでいるようだ。中心にいる女生徒は、下向き加減でそこにいた。 井上(いのうえ)楓(かえで)は、いつも下ばかり向いている。 自信無さげで大人しくて、いかにもいじめの標的にされそうなタイプだった。「ね、お願い。井上さん、掃除当番代わって?  私たち今日大切な用事があるんだ。井上さんは暇でしょ?」 いかにもギャルっぽい感じの女生徒が、
last updateLast Updated : 2025-05-17
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第2話 彼女の心
「よっ!」 驚いた楓の肩がビクッと動き、ゆっくりと振り返る。「……藤原くん?」 楓は訝しげな顔をする。  警戒心が強い野良猫のように、人を拒絶するオーラが見えそうだ。 要は掌をひらひらと振りながら、ニコニコと楓に近づいていく。 少しでも警戒心を抱かれないようにという、彼なりの計らいだった。「一人で掃除してんの?」 近くにあった机の上にひょいと座り、要が尋ねる。 楓は俯いてしまい、何も応えない。  目線も一切合わせようとしてこない。「……おまえさあ、よく一人で掃除してねえ?」 その言葉に、楓の眉が少し動いた。「そんなことない。何か用事?」 動揺を読まれないように、冷静を装った楓が小さく反応した。 まだまだ警戒を緩めそうにはなかったが、反応があったのは収穫だ。要は心の中でガッツポーズを決めた。 楓と要は隣のクラスで、たまに校内ですれ違ったり、要が楓に一方的に話しかけてくる以外に接点はない。  要は友達も多く、人気者で、いつも楽しそうに生きている……ように楓には見えていた。 そんな彼がなぜ、正反対の楓に声をかけるのか。  楓には見当もつかなくて、戸惑うばかりだった。「嫌なことは嫌って言えよ。いつもみんなの言うこと聞いてるだろ? 疲れない?」 突然の要の発言に、楓は驚愕する。  なんで要がそのことを知っているのだ、と不思議に思いつつ、楓は冷静を装い言い返した。「……関係ない」 「関係なくない、俺はおまえが心配なんだよ」 楓は驚いて要を見る。  要の表情は真剣だった、からかっているようには見えない。 楓は心底不思議だった。  なぜ私にそんなに構うのか、なんで心配するのか……。 でも、そんなに嫌な気持ちはしなかった。 なんだかムズムズする。変な気分だ。「それは……疲れるけど……嫌だけど」 楓の言葉が途切れる。  要には彼女が何かを思案しているように感じ、しばらく次の言葉を待った。「みんなの言うこと聞かないと、私……意味ないし」 その瞬間、楓の言葉は重みを増し、瞳に影がよぎった。 彼女の中に見た深い悲しみの根源は、この陰にあるのではないか。  要はそれを逃さなかった。「何? どういう意味?」 要はわからない、だから知りたかった。 楓は持っていた箒をぎゅっと強く握って叫ぶ。「――なんの役にも立たない、
last updateLast Updated : 2025-05-17
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第3話 存在価値
 楓の家族は父と母と妹の四人家族。  父は医者、母は専業主婦、妹は進学校の私立中学に通っている。 父は家族に関心がない。  楓が物心つく頃から可愛がられた記憶はなく、いつも冷たい目で見下ろされたことしか思い出さない。 父には愛人がいるようで家にいないことが多かった。  母も愛人の存在を知っているようだったが、父に捨てられることを恐れ何も言わず耐えていた。  母がいつもイライラしていることが多いのは、そのせいもあるのかもしれない。 父は決して家族を愛しているようには到底思えなかった。  朝早くに出て行き、夜遅くに帰ってくる。  家族とは滅多に顔を合わせないし、合わせたとしても話もろくにしない。 休みの日があっても、家族をどこかへ連れていくことは絶対ないし、自分のためにしか時間を使わない。  助けが欲しいときも、助けてくれたことはなかったし、はなからそんなモノに気づくことはない。 妹の美奈(みな)は誰からも愛されていた。 頭が良く、容姿端麗、要領もよく、友達も多い。  大人たちからも信頼されていた。 そんな美奈が、父と母から寵愛を受けるのは、ごく自然なこと。「お姉ちゃんも、もっと賢く生きた方がいいよ」 昔、楓は美奈にそう言われたことがある。  楓には無いものを沢山もっている、それが楓の妹、美奈だった。 母の亜澄(あすみ)は、とても繊細で傷つきやすく、とても脆い人。 いつも自分を守ることに必死で、余裕がない。  父に愛されるため、妹に気に入られるため、いつも二人に尽くしている。 まるでそのことで、自分の存在を確かめているかのように。 ただ、楓にだけは違っていた。 亜澄は楓の前だといつもイライラしていた。  美奈のことは可愛いのに、楓のことは可愛くない。  どうしても愛せなかった。 ストレスが溜まるたび、それを楓にぶつける日々。  亜澄は楓に嫌悪感しか感じられなかった。 これが、楓の家庭の当たり前だった。 この家族しか知らない。この家しか帰る場所はない。 たとえそれが、地獄のような日々だったとしても――。  楓は一人、家路を歩いていた。  だんだん家が近づくにつれ、楓の胃がシクシクと傷み出す。 帰りたくない、しかし、行く当てもない。  どこへ行けばいいのかわからない、行きたいところもない。 重い足を懸命
last updateLast Updated : 2025-05-17
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第4話 母
 あの日から、要は前にも増して楓を気にするようになっていた。 毎日のように話かけてくる要を、楓は避け続ける日々。 楓はあの日以来、要と向き合うのが怖かった。  要といると、ずっと心の中に封印していたものがうずく。それを認めたくなかった。 ある日、楓の家に要がやってきた。 チャイムが鳴り響くと、楓は嫌な予感がした。  玄関のドアを開けると、そこには満面の笑みをこちらに向ける要がいた。「よっ」 軽やかに手を振る要に、げんなりとした表情の楓。 なんで彼はこんなにも自分に構うのだろうか、と楓は要の存在が不思議で仕方なかった。  イケメンで人気者なのに、実はちょっと変な人なのだろうか。 もう、放っておいてほしい。「何してるの?」 「何って……おまえに会いに?」 要は悪気もなく答える。「おまえ最近、俺のこと避けてるだろ? 寂しくてっさあ」 さらっとすごいことを言う、恥ずかしくないのだろうか。  寂しいって、言われたのいったいいつ振りだ? いや、はじめてかも。 楓は下を向き、固まってしまう。 きっと顔は赤くなっているに違いない。「なあ、家族いねえの? 挨拶させてよ」 要は家の中を覗き込もうと、顔をキョロキョロと動かす。「何言ってんのよ、帰って」 楓が扉を閉めようとすると、それを要が阻止してくる。「なんで? せっかく来たのに。いいじゃん、ちょっとくらい」 「ダメ、絶対。とにかく帰って、お願い」 玄関の前で二人が騒いでいると、「何やってるの?」 楓の妹の美奈が、要の数歩後ろから二人を訝しげに見ていた。 要が美奈を指差し「誰?」と尋ねる。「あなたこそ誰?」 美奈が言い返す。「え? あ、あの、その」 二人に挟まれ、楓はあたふたする。 こんな状況になる日がこようとは思いもしなかった。  だって、楓を訪ねてくるような人はいなかったから。 どういう反応をすればいいのか、楓の処理能力が追いついていかない。「あ、妹か」 要が勘を働かせ、見事言い当てる。  すると、美奈も即座に場の雰囲気を察知し、可愛く微笑みながら挨拶する。「楓の妹の美奈と申します、よろしく。そちらは?」 絶世の可愛さと天使の様な微笑みを見ても、顔色一つ変えず要が挨拶を返す。「あー、どうも。俺は楓さんの友達です!」 「ぶっ」 あまりの不意打ちに、
last updateLast Updated : 2025-05-22
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第5話 温もり
 翌日、要が楓を屋上に呼び出した。 楓は昨日のこともあり、要と会うのが億劫に感じてしまい会いたくなかった。  しかし、無視することもできず、仕方なく応じることにした。 屋上へ向かう足取りは重く、なかなか進まない。  やっとのことで階段を上り終え、扉の前で一度深呼吸する。 覚悟を決め、楓は扉を開けた。  太陽が眩しくて、楓は目を細める。  爽やかな風が通り過ぎ、制服を揺らしていった。「おーい」と声がする。 声の方へ視線をやると、笑顔で手を振る要の姿があった。 なんとも太陽の似合う男だな……太陽を背に絵になっている。  楓は心の中で笑ってしまった。  なんとなく気まずい楓は、視線を逸らしながらゆっくりと要に近づいていく。「……何?」 楓がそっけなく声をかける。「ん? ……うん、昨日はさ、悪かった。いきなり押しかけて、勝手なことして」 突然、要が深々と頭を下げる。「な、なんで謝るの? 別に怒ってないし。  まあ、ちょっと気まずいなとは思ったけど」 確かにいろいろ思うことはあった。  昨日、あの後も亜澄の機嫌は悪く、楓は被害をこうむることになった。 でも……嬉しかった。  気にかけてくれて、家まできてくれたこと。 こうやって、考えて、想ってくれること。 恥ずかしくてなかなか言葉や態度にはできないけれど、すごく嬉しかった。「うん。そっか……よかった」 あまり怒っていないことに安堵したのか、要はほっとした表情で笑った。 しかし、ふとどこか遠くを見つめ、困ったような表情になった。「あのさ、こんなこと言うと、また困らせちまうかもしれないけど……」 そう言うと、意志の強い眼差しを楓に向ける。  楓は要の視線に耐えられず、視線を逸らした。「井上がこの前言ってたような悲しい発言をするようになった理由って、あ
last updateLast Updated : 2025-05-25
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第6話 痛み①
 いつもの空、いつもの道、いつもの風景。  なのに、不思議と全てが優しく見える。 楓は深く深呼吸しながら、ゆっくりと辺りを見回した。 色のない世界に、色があったことを思い出した。  世界はこんなにも、鮮やかで温かい。  ほんの少し余裕が生まれると、こんなにも世界が違って見える。 今まで知らなかった。 すべては彼のおかげ。  藤原要。  彼がいるから―― 楓は前を向く。  決意していた、亜澄と向き合うこと。 きっと何かが変わる……心の片隅で小さく芽生えた感情。 楓は握った拳に力を込めると、一歩踏み出した。   玄関の扉の前で、楓は自分に言い聞かせる。 大丈夫、きっとうまくいく。何かが変わる。  それに、私には味方がいる。 だから、頑張ろう。 楓は思い切って玄関の扉を開けた。「……ただいま」 誰の返答も返ってこない。  静まりかえる家は、とても不気味でいつも寒気がする。 亜澄はいないのか、と辺りを探す。 キッチンの入口から中を覗こうとした、そのとき、「どいて」 後ろから背中を強く押された楓は、前のめりに倒れそうになった。 亜澄は楓のことなど見向きもせず、冷蔵庫を開け水をグビグビと飲む。  すごく不機嫌そうな顔をしている。「何!」 亜澄が楓に吼えた。  いつものことだが、今日は特にイライラしているようだ。 楓の心臓がうるさくなり、身体が小さく震え出す。「……何なのよ、さっきから私を変な目で見て。気持ち悪い。  言いたいことがあるなら言いなっ」 亜澄の冷たい瞳に見つめられ、体中の血の気が引いていく。 嫌だ、逃げたい……。嫌、駄目だ、逃げちゃ駄目だ。「母さん……私、私っ……」 いざ言おうとすると言葉に詰まる。想いが声に
last updateLast Updated : 2025-05-29
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第6話 痛み②
「あんたが悪いのよ。あんたの方から言い出したんだから、私があんたを愛してないって。  そりゃそうよね、実際愛してないんだもの。愛しいと、思えないの……」 亜澄は楓のことを一瞥もせず、言い放つ。「っなんで? ……なんでそんなに私のこと嫌いなの?」 「そんなのわからないわよ! ただ……あんた見てるとイライラするの」 亜澄は居心地悪そうに爪を噛む。  母の癖だ。見たくない現実から目を逸らすときにする動作。 そんなに私のこと、見たくない? 無かったことにしたいの? 楓は涙を流し、亜澄に尋ねる。「母さん……私は母さんが大好きだよ。  母さんは私が嫌い? ……いらないの?」 楓は心の中で必死に祈った。 どうか、どうか、あの言葉だけは言わないで。「嫌いよ、いらないわ」 冷たく低い声が、私の心を貫く。 全て終わった気がした。  今まで必死に築いて守ってきたものが、崩れ落ちていくような感覚。「母さん、いやっ、私必要だよね? いてもいいよね? ――母さん!」 泣きながら足にしがみ付いてくる楓を、亜澄は虫けらを見るように見下ろした。「うざい。今日は疲れてるって言ったろ? ほんと、空気の読めない子」 しがみ付いている足とは逆の足で楓を蹴り飛ばす。 楓は痛みに耐えながら、必死で亜澄にしがみ続けた。「もう! なんなの!」 亜澄は楓を何度も蹴る。  その強度は段々と強くなっていく。 楓はだんだんしがみ付いていられなくなり、腕がゆるむ。  その瞬間を亜澄は見逃さなかった。 一番強烈な蹴りを楓に入れる。 鈍い音がして、楓はとうとう床に落ちた。 低く呻きながら、ゆっくりと起き上がろうとする楓。  亜澄は容赦なくさらに蹴りを入れた。「ふんっ、ちゃんといつも通りしときなさいよ。  それと……二度と変なこと言わないで。  今度私をイラつかせた
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第7話 決意①
 美奈に教えてもらった住所を頼りに辿り着いた場所。 要は一人、呆然と立ち尽くし、その場所を見つめていた。 彼の目線の先には、古びた物置小屋のような建物があった。  どうみても現在使われていない、今にも倒壊しそうな古めかしい建物だ。 壁の木材には隙間ができており、腐っている個所もある。  屋根も風が吹けば、飛んでいってしまいそうな板が一枚覆っているだけ。  家の周りは、手入れされていない草が伸び放題に生え、行く手を阻んでくる。 周りには住宅があまりなく、その建物は小さな空き地の真ん中にぽつんと存在していた。 この物置小屋だけが取り残されているようで、なんだか物悲しさを感じてしまう。 本当に、こんな所に楓がいるっていうのか?  そうであってほしくないと思いながら、要は歩みを進める。 入口は一つだけ。  引き戸になっていて、引いてみると建付けが悪くうまく開かない。 ガタガタと大きな音を立て扉を開ける。 中は暗く、窓が一つもない。  空気も淀んでいて、息をするのも躊躇われるほどだ。 床は埃と砂で汚く、掃除されている様子もなかった。 要は持っていたスマホをライト代わりに辺りを照らす。  部屋の奥の方を照らすと、隅っこで毛布に包まっている人物を発見する。 ゆっくりと近づき顔を照らすと、痣がいくつもある楓が眠っていた。 それが何を意味するのか、瞬時に要は理解した。 衝動的に楓を抱きしめる。「ごめん……ごめんなっ」 もっと早く気づいていたら、傍にいたら。 俺が守れたのに……。  悔しくてたまらなかった。 要の瞳から涙が零れ落ちる。「……ん……っ」 楓がゆっくりと目を開けた。「井上? 大丈夫か?」 要は心配そうに楓を支えながら覗き込む。 楓の体は痛々しく、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。「藤原くん? ……どうして
last updateLast Updated : 2025-06-05
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第7話 決意②
「俺は嫌だ……俺はおまえがそんな風に生きていくのは嫌なんだっ」 要は苦しそうに声を詰まらせながら、顔を歪める。  楓はそんな要のことを目を丸くして凝視していた。 なんで、なんであなたがそんな表情をするの?「関係ないでしょ、何なの……私のことは放っておいてよ。  どうして、そんなに私に構うの?」 楓にここまで関心をよせ、関わろうとする人間は初めてだった。  要の言動の意味がわからなくて、楓の頭は混乱していた。 激しく戸惑い動揺する楓を見つめ、要は照れくさそうな表情をし、小さく笑う。「おまえが心配だから……それじゃあ理由にならない?」 「……わかんない、わかんないよ。もう……わかんない」 楓は小さく頭を振る。 疲れていて、もう何も考えたくなかった。「俺がいる」 「え?」 お互いの視線がぶつかる。 要の瞳は、すごく綺麗で澄んでいた。「俺がいるよ、井上の傍に。  俺はおまえの味方だ、絶対裏切らない。信じてくれ」 要の身体にすっぽりと楓は包まれる。 とても温かかくて、気持ち良くて安心する――。 こんな風に誰かに抱きしめてもらったこと、あっただろうか。  遠い昔の記憶を辿ろうとするが、思い出せなかった。「おまえ……今まで本当によく頑張ったな。  今まで生きていてくれて、ありがとう。俺に出逢ってくれて、ありがとう。  もう一人で頑張るな、これからは俺がついてる。  弱くたっていいんだ、強くなくたっていい。おまえはおまえのままで――」 「なっ…………んでっ……っっ」 楓の頬を涙が伝っていく。 押し殺していた感情が一気に溢れ出すように、ポロポロと涙は次々と落ちていった。 なんで要はいつも欲しい言葉をくれるんだろう。  傍にいて欲しいときに、いてくれるんだろう。 なんで、こんなに暖かいんだろう。 要は楓の涙を
last updateLast Updated : 2025-06-08
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第8話 崩壊①
「井上、亜澄さーん!」 それは近所に響きわたる程の大きな声だった。 ドドドドドッと中から音がしたかと思うと、バンッと大きな音を立てドアが乱暴に開く。「ちょっとっ! どういうつもり? 近所迷惑でしょ!」 亜澄はぜぇぜぇと呼吸しながら、楓の隣にいる要をキッと睨みつけてきた。「だって! こうでもしないと出てこないでしょ!」 これでもかと大声を出す要。「もう、いいから、家に入りなさい」 亜澄はこれ以上うるさくされては適わないとばかりに、そそくさと二人を家へ招き入れた。 要はにんまりとほくそ笑む。  作戦成功といったところだ。 気が気でなかった楓は、ほっと胸を撫でおろした。  家に入ると、二人はリビングへと通される。 亜澄はソファーにドカッと座り、足を組み腕を組む。なんとも女王様のような恰好だなと要は感心した。「で、何?」 ギロッときつい眼差しを向けてくる亜澄。 威圧に怯え、一歩後ろに下がっている楓の代わりに、要は亜澄を真っ直ぐに見据えた。「もう楓さんのことを苦しめないでもらえますか?」 その言葉を聞いた亜澄は、なんとも不思議そうな顔をした。  しばしの沈黙のあと、腹を抱えて笑い出す。「ふふふっ、ははははっ、何言ってるの? 私がいつ楓を苦しめたっていうの?」 本当にまったく見当がつかないというように、亜澄は肩をすくめている。「心当たりはないと?」 「ええ」 「少しも?」 「ええ」 余裕の笑みを見せる亜澄の姿に、要があきれたように長いため息をついた。「楓さんのこと、罵ったり、無視したり、時には暴力振るうこと……ありますよね?」 亜澄は驚きを隠せない様子で楓に視線を向ける。「楓――あんたっ」 「楓さんは何も言ってませんよ、僕の勝手な推測です。当たりました?」 要の意地悪そうな笑みを見て、亜澄は悔しそうに唇を噛んだ
last updateLast Updated : 2025-06-12
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